コラム
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AIと人事のこれから――「便利そう」で止まらないために

「AIって本当に人事で役立つの?」
こんな疑問を抱いたことはありませんか。HRテクノロジーの進化はめざましく、AIを活用した人事向けのソリューションも年々進化を遂げています。採用や評価、育成、配置、エンゲージメント分析まで、かつては属人的にしかできなかった領域が、今やアルゴリズムと大量のデータによって“再構成”されつつあるのです。
とはいえ、実際の導入現場では、手放しで成功している例ばかりではありません。特に多いのが「AIを導入したのに、結局現場で活用されていない」という課題です。
ツールはある、でも使われない
たとえば、あるIT企業では、採用の書類選考を効率化するために、AIが候補者を自動スコアリングするツールを導入しました。候補者の経歴やスキル、職務内容との親和性などを数値化し、選考の初期フェーズを自動化しようという試みです。導入当初は人事部門内でも大きな注目を集めましたが、半年後の運用状況を確認すると、採用担当者の多くが「参考にはしているが、結局は自分の目で選んでいる」と語っていました。
理由を聞くと、「スコアの根拠がわからない」「直感と合わないと不安になる」「上司に説明がつかない」という声が多数出てきました。AIによる判断結果が「ブラックボックス」に見えてしまい、使いどころをつかめなかったのです。最終的には、候補者全員に目視で目を通し、「AIのスコアも一応確認するが、あまり頼らない」という形に落ち着いてしまいました。
このように、せっかくのツールも「現場が安心して使える仕組み」や「データに対する理解」がなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。
AI導入を阻む“現場のリアル”
では、なぜAI導入がうまくいかない企業があるのでしょうか?
原因は大きく3つに分けられます。
- 導入目的が曖昧:
「流行っているから」「効率化したいから」程度の動機では、具体的な活用シーンが見えず、使われないまま終わってしまう - 現場が置き去り:
現場の声を拾わずにシステムだけを先行導入すると、浸透せず形骸化する - 運用設計が不十分:
誰がいつ、どの業務で使うのかが不明確なまま、ツールだけが導入されてしまう
加えて、「AIに判断を任せる」ことへの心理的抵抗もあります。「AI活用」と聞くと、漠然と、人間の直感や経験が否定されるような感覚を持つ人も少なくありません。特に評価や昇進といった“センシティブな領域”では、AIの判断が妥当なのか、説明責任を果たせるのかという懸念が強くなります。
「導入すれば変わる」は幻想
たしかに、AIには大きな可能性があります。人手では不可能な量のデータを処理して、パターンを抽出し、判断をサポートする力があります。しかしそれは、「活用されてこそ価値を持つ」という前提があることを忘れてはなりません。
いま注目されているのは、「人が意思決定するための材料を、AIが用意する」という役割での活用です。AIが人間の代わりに全てを決めるのではなく、膨大な情報の中から意味のある選択肢や傾向を示し、それを人間が咀嚼し、判断する――そんな関係性が理想とされています。
ある中堅メーカーでは、社内のタレントマネジメントを刷新するために、AIによるスキルマッピングの仕組みを導入しました。従業員が入力した職歴や資格、業務内容、キャリア希望などの情報をもとに、AIが適性やスキルの関連性を分析し、配置や育成の判断材料としています。
導入から3か月後には、「この人はプロジェクトAとBの両方に関われそう」「このスキルを持った人は来期の重点育成対象になる」など、従来よりも客観的かつ具体的な人材配置の議論ができるようになりました。人事部長は、「AIが全てを決めるのではなく、“何を考えるべきか”を明らかにしてくれる」と語ります。
このような成功事例に共通するのは、「AIありきではなく、課題ありきで人とAIの分業を設計している」ことです。AI導入で本当に重要なのは、こうした“人”と“AI”の共存をデザインすることだといえるでしょう。
定着は“導入後”が勝負。現場で活きる仕組みを作るには
AIツールの導入がうまくいかない最大の要因の一つは、「導入したら自然と使うようになるはず」という過信にあります。現場が忙しい中で新しい仕組みを使いこなすには、それなりの時間や工夫が要ると理解する必要があります。
最初の数週間で「便利そうだとは思うけれど、なんとなく使わなくなった」となることを防ぐには、現場ごとの業務フローや習熟度に合わせて段階的に定着させる仕組みを設計し、導入後の数ヶ月をどう支えるかの計画を立てましょう。
たとえば、当社でご支援したある企業では、AIの導入とあわせて週1回の業務内フィードバックの場を設定しました。ここから、現場の「使ってみたからわかる疑問」を拾い上げ、活用の壁を一つずつクリアしていくという手法をとり、定着に繋げました。こうした「使いながら定着させる」プロセスをきちんと描けるかどうかが、活きた施策として成果につなげるための大事な取り組みになります。
最初からすべてを一人で背負おうとせず、伴走してくれる存在を選択肢に入れてみるのも、一つの戦略かもしれません。
「選んだだけ」で終わらせないために
人事部門にとって、AIの活用はもはや“チャレンジングな先進事例”ではなく、「向き合うべき課題」の一つです。人的資本開示の義務化、副業・兼業の増加、離職率の上昇など、これまで以上に「データにもとづいた戦略的な人事」が求められる今、ツールの導入はあくまで入口にすぎません。
大切なのは、「導入したツールをどう“自社の武器”にするか」です。そのためには、社内の業務フローを見直し、現場との対話を重ね、必要に応じて柔軟に仕組みを進化させていく必要があります。
「そのAI、本当に使いこなせていますか?」
人事部のあなた自身が、そう自問してみることが、AIと共存する第一歩になるのかもしれません。今後ますます加速するHRテクノロジーの波に備え、自社に合った“使いこなせる仕組み”を、いまから整えていくことが求められています。