コラム
対談企画
役員報酬は経営戦略に沿った経営計画達成の効率性を高めるツール ~役員報酬の設計は、最新動向の把握が重要な鍵~
役員報酬の設計には、会社法を始めとする法規制のほか、役員給与の税務に対する正確な理解とともに、報酬開示に関する規制についても留意したうえ、最新動向の把握を踏まえることが、重要なポイントになります。上場企業グループにおいては、株式報酬、業績連動報酬に対応した法改正、税制改正が相次いでおり、会社法改正を踏まえた理解が必要と言えます。前回の対談企画に続き「役員報酬」について、今回は和田倉門法律事務所代表パートナーの高田剛弁護士にお話を伺いました。
高城:役員報酬の設計に関わるようになった経緯など教えてください
高田弁護士:私が弁護士になった2000年は、欧米で一般的になっていた業績連動報酬を日本企業も取り入れるべきだという考え方が広まりつつある頃でした。2001年〜2002年にかけて役員報酬に関する商法の規制に重要な改正がなされたことや、担当した案件で、社長退任後の処遇見直しや、経営権争いの末に退職慰労金の支給を止めた事例などを経験したことも相まって、経営者報酬の設計に関心を抱くようになりました。そうした中、商事法務研究会で当時お世話になっていた方に、役員報酬規制に専門性を有する弁護士がほとんどいないから研究を進めてみてはどうかと勧められ、本腰を入れはじめました。くしくも、退職慰労金制度への批判の高まり、賞与やストックオプションの会計処理の変更、リーマンショックなど、役員報酬の設計に大きな影響を及ぼす事柄が相次ぎ、取り扱い案件が増えてゆきました。
高城(長年、役員報酬制度に関わるお立場からみて)、最近の動きなど気になることがあれば教えてください
高田弁護士:上場企業では株式報酬の導入が進み、近年は基本報酬に対する割合も増えてきています。パフォーマンスシェアユニットという業績連動型の株式報酬では、業績指標としてESG要素といった定性指標を取り入れる動きが顕著です。しかし、現行の税制のもとでは、業績連動指標にESG要素を取り入れると、業績連動給与としての損金算入要件を満たなくなり、税効率が落ちます。この点について税制の手当がなされることを期待しています。業績連動報酬との関係では、ここ3年くらいで、報酬算定の基礎となった業績に虚偽があった場合などに報酬の返還を求めるクローバック条項を定める傾向が鮮明になってきました。発動を意識した設計の重要性を感じています。ストックオプション関連では、有償ストックオプションの位置付けが曖昧なままで、会社法の役員報酬規制のループホールになっている印象を受けています。どこかで正面からの議論が必要ではないでしょうか。

高城:企業価値向上と役員報酬の関係はどのようにお考えでしょうか?
高田弁護士:コーポレートガバナンス・コードが企業実務に与えた影響は実に大きく、この10年で経営者報酬の設計は多様化、精緻化し、それが詳細に開示されて比較分析が可能な投資情報となりました。昔ながらの固定的、年功序列的な報酬体系では、取締役にリスクをとった大胆な経営判断を促すことができませんので、投資者から積極的な評価を得られません。他方、経営計画の達成に向けた強いインセンティブとして機能する報酬設計になっている会社は、成長戦略への信頼、期待を高め、その期待は企業価値として現れるはずです。役員の目線から見ても同じです。企業価値の創造に向けていかに合理的な経営指標、目標を定めても、経営を担う役員がその目標達成に向けて全身全霊を傾ける仕組みがなければ何の意味もありません。役員の精神に期待するだけでは足りないのです。企業価値を向上させるには、経営を担う役員に対して適切なインセンティブが与えられることが不可欠です。
高城:役員報酬は、社員の人事制度と違う枠組みと考えるべきでしょうか?
高田弁護士:企業価値の創造を直接担い、株主に対して責任を負う立場の役員と、社長の指揮命令に従って業務を推進していく立場の社員とでは、報酬・給与の考え方に違いあるのは当然です。役員報酬は本来、定年まで居心地よく働いてもらうためのものではなく、企業価値の獲得の対価であるべき、すなわちペイ・フォー・パフォーマンスが本来のあり方です。他方、社員は、永続する企業の一部として安定的に能力を発揮いただく人材であり、それに適う給与体系であるべきです。もっとも、企業として目指す方向性について社員との意識の共通化を図ることには意味があります。その意味で、社員の給与体系、あるいは賃金とは別のインセンティブとして、役員報酬の設計のエッセンスを取り入れることはありうるところです。近年、譲渡制限付株式を社員にも付与する企業が少しずつ増えており、企業価値への意識や関心を高める施策として注目されます。
高城:役員報酬制度を設計するうえでの注意点を幾つか教えてください
高田弁護士:現在の報酬水準や構成をいったん忘れて、自社の置かれた経営環境や経営計画、戦略に照らしてもっとも効率的な役員報酬を描いてみることをお勧めします。様々な制約で理想的な役員報酬に直ちに移行することは困難であることが多いですが、あるべき報酬を議論しておくことで、将来的にそこに近づけていくことが可能となります。
報酬設計に関する法規制、会計、税務は、過去10年で何度も制度改正、解釈の変更等がなされており、その時々でトレンドを生んできました。10年前に設計された他社の報酬を「ひな型」としてそのまま利用すると、現在の制度にフィットしていない可能性があります。他社事例を参考にする際には、当該事例がいついかなる前提で設計されたものであるかを意識することが重要です。
最後に、これは当然のことですが、役員報酬は、経営戦略に沿ったもの、経営計画達成の効率性を高めるツールとして設計されるべきということです。
お伺いした方:高田剛弁護士![]() |
【ご経歴】 東京大学薬学部卒。2000年弁護士登録。鳥飼総合法律事務所を経て2016年和田倉門法律事務所を設立。経営者報酬に関しては、株式報酬を始めとするインセンティブ報酬の導入・運用支援に多数従事。その他、会社法・金商法関連の法律問題、係争案件を得意とする。最近の著作として、『実務家のための役員報酬の手引き〔第2版〕』(商事法務、2017年)、『取締役・執行役ハンドブック』(商事法務、2015年・共著)がある。 |
聞き役:㈱セレブレイン 代表取締役社長 高城幸司


